2020/8/26付日本経済新聞

新軍拡競争、米は宇宙に 相互抑止未知の領域

  2017年4月29日、折しも弾道ミサイル発射を繰り返し、日米を威嚇していた北朝鮮が奇妙な動きに出た。

 この日、北朝鮮が発射した弾道ミサイルは高度71キロメートルで爆発した。発射は失敗したとの見方が出るなか、一部の日米関係者は「北朝鮮は『禁じ手の攻撃』を示唆した」と青ざめた。

 大気の希薄な高高度で核爆発を起こすと極めて強力な電磁波が発生し、地上の電子機器や人工衛星が機能不全に陥る。北朝鮮のミサイルが爆発したのは、それを起こすのに最適な「電離層」という高度だった。

 電磁波攻撃だけでない。同一目標への多数のミサイルの同時発射、変則的な軌道で突入してくる新型弾頭――。北朝鮮は近年、ロシアなどの支援を受けて攻撃能力を急速に高めてきた。

 にもかかわらず日本政府は一時期まで北朝鮮のミサイル攻撃能力の急激な向上という「不都合な真実」をなかったことのように扱ってきた。米国から調達を計画していた地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備方針を維持するためとみられた。

 米国がこれまで導入してきたイージス艦や迎撃ミサイルなど従来型の装備は、放物線を描いて落下してくる弾道ミサイルを想定している。新技術を用いたミサイル攻撃には一瞬で無力化する。

無人機の脅威

 北東アジアの軍事バランスはここ数年で劇的に変化した。北朝鮮のほかにも軍事技術を効果的に使って巨大な米軍を揺さぶる国がもう一つある。軍事費が公表ベースで米国の3分の1程度とはいえ、膨張し続けている中国だ。

互抑止未知の領域
互抑止未知の領域

 米軍や自衛隊が懸念するシナリオがある。爆薬を搭載した1機数万円の無人機(ドローン)を数百機規模で偽装商船などから発進させ、自衛隊や米軍基地などに集中攻撃させるとどうなるか。1発数十億円するパトリオット迎撃ミサイルでも対処できない。

 中国軍が増強するのは数千発の弾道ミサイルや空母部隊、ステルス戦闘機などの従来型装備に限らない。高速で滑空する極超音速ミサイルの実用化は米国に先行し、国防予算の多寡を跳ね返す「無人機の大量集中投入」という新戦術も現実のものとなりつつある。

米国も手をこまねいてはいない。

 大型無人水上艦から無人航空機が発進する。人工知能(AI)が現地に展開する陸海空部隊から最適な戦闘機や艦船を選び出し、撃墜用のミサイル発射を命ずる――。米軍は「全領域統合指揮統制(JADC2)」という近代化・省人化戦略に着手した。

 これらはみな宇宙の衛星群を経由した通信体制が大前提となる。このため米軍は自らの軍事衛星網が電磁波攻撃などで破壊された場合、敵の衛星群を報復攻撃し、ただちに代替の新衛星網を展開して「宇宙優勢」を維持する戦略を描く。

異次元のMAD

 米軍が6番目の軍種として創設した宇宙軍は今年7月、ロシアが衛星破壊実験をしたと公表。自らの監視能力を示した。

 宇宙兵器や電磁波兵器、AI搭載の無人兵器など新技術の開発は今後も続く。問題はそうした最新装備が実戦使用された場合、被害が実際にどこまで広がるか誰にもわからないということだ。

 冷戦時代の米ソには大量破壊兵器を相互に保有することで軍事的な均衡を保つ「相互確証破壊(MAD)」という概念があった。

 世界は今、米中ロ北朝鮮などが従来型の軍事力を一瞬で無力化するような未知の軍事技術を振りかざして対峙する「異次元のMAD」の時代に入っている。日本はそのただ中にいる。