2019.07.07 日本経済新聞 電子版 より
自衛隊 精鋭たちの組織論 1 /変われないなら消える 日本版海兵隊の挑戦
24万人の隊員を抱える自衛隊。特殊な任務にあたりながら、人を資本とする大組織はどう運営されているのだろうか。日本版海兵隊といわれる水陸機動団やサイバー防衛隊など注目の部隊を取り上げながら、組織運営での試行錯誤を追った。
■南西諸島防衛へ発足
「日本版海兵隊」と呼ばれる組織が2018年3月に発足した。長崎県佐世保市の相浦駐屯地にある陸上自衛隊の水陸機動団だ。他国からの離島侵攻などがあった場合、いち早く駆けつけ奪還作戦を担う。中国の軍備増強をにらみ、自衛隊初の水陸両用作戦部隊として南西諸島の防衛のために立ち上げられた。
相浦駐屯地を訪れると、迷彩服を着込んだ隊員達が、3階建てのビルほどの高さがある飛び込み台から次々とプールに飛び込んでいた。「上を見よ、下を見よ。水面よし!。前を見よ。入水!」。水しぶきを上げて、水面に吸い込まれていく。
この部隊を初代団長として率いるのが青木伸一(53、陸将補)だ。隊員は約2400人。ほとんどが自ら志願してきた志が高い隊員だ。立ち上げからの1年超を振り返り「大変だったが、達成感を実感しながら過ごした。いろいろな経験と厳しい訓練を積み、与えられた任務を遂行できる自信と能力が身についた」と語る。
青木は日本の守りはもちろん、陸上自衛隊の新たなあり方を模索するうえでも期待を集めるキーマンだ。実直冷静な語り口。気さくな人柄で知られるが「目は笑っていない」との声も。過酷な訓練を積んできたがゆえの迫力だ。
入隊は1988年。防衛大学校を卒業してすぐに配属されたのは北海道東千歳駐屯地だ。当時、世界は東西陣営に分かれた冷戦下。日本にとっての最大の脅威はソ連による北海道侵攻であり、それを守る陸上自衛隊こそが日本の防衛の中心だった。青木が北海道を志望したのも「日本防衛の第一線で勤務したい」という理由からだ。
■特殊作戦系を歩む
入隊から17年後、青木は同期のなかでは1番乗りで1等陸佐に昇進し、その後、幹部としての道を歩み始める。青木のキャリアを特徴づけるのは出世の早さだけではない。陸自の中でもめったにいないほど特殊作戦系の部隊を率いるポストを歴任してきた。その歩みを振り返ると、時代とともに変遷してきた陸自の存在意義も浮き彫りになる。
たとえば、10年にはテロ・ゲリラ対処を担う特殊部隊「特殊作戦群」の群長に就任した。同部隊は「北朝鮮の脅威」が急速に高まるなか「北朝鮮の工作船を捕まえて乗り込む」など今まで想定されていなかった危険な任務が急速に重要度を高めたため生まれたものだ。青木は3代目の群長として部隊の強化や拡大に貢献した。
その後、司令部勤務を経て、18年3月、満を持して任じられたのが水陸機動団の団長だ。「大任だと感じた」と青木は語る。

水陸機動団の発足は陸自にとって大きな意義を持つ。最大の目的はもちろん南西諸島での有事の際の即応体制の整備だ。だが、陸自にとっては自らの新たな「レゾンデートル(存在意義)」を模索する戦いとも重なる。
ここ30年、自衛隊を取り巻く環境は大きく変わった。青木の入隊当時、青木が希望したように日本の防衛の最前線はソ連をにらんだ北海道にあり、防衛力の中心もソ連軍の上陸をはばむ陸上部隊にあった。
だが、世界情勢の変化で戦闘機による対領空侵犯や海上での警戒監視活動といった海空の自衛隊の役割が重要性を増した。海自や空自、内部部局からも「陸自の数はもっと減らせばいい」とのやっかみは多い。「陸自削減論」だ。
最近では政府内で「防衛計画の大綱(防衛大綱)」の議論がされるたびに陸自の削減が論点になった。現に1976年に策定した防衛大綱で18万人だった陸自の定数は18年は15万9000人まで減った。予算も高額な戦闘機や艦艇に優先的にまわされることも増えた。そのなかで必要性が低下した戦車部隊を減らし、火砲を扱う野戦特科の部隊も徐々に減らすなどリストラも進めてきた。
■陸自の存在意義とは
「国土防衛にとって陸軍種は基本だ」。青木はこう強調する。「領土があっての領海、領空だ。『領土を守り抜く意志』こそが侵略側にとっては一番怖い。陸自の態勢が縮小してしまうと、そこには隙ができ、相手に誤ったメッセージを与えてしまいかねない」
一方、青木はこうも強調する。「変化のない組織は生き残れない」。青木の問題意識は陸自全体の危機感を映す。今の日本の「最前線」を守る水陸機動団は「陸自削減論」をはね返す希望の精鋭部隊だ。あとはひたすら水陸機動団を強くするのみ。ただ、自衛隊は憲法で掲げる「専守防衛」の下で一度も実戦経験がない。そこで重要になるのが米海兵隊との共同訓練だ。
今年1~2月、水陸機動団は米カリフォルニア州で海兵隊との実動訓練「アイアン・フィスト」に参加した。そのなかでもっとも緊迫し、真に迫った訓練が総合訓練として実施した水陸両用作戦だ。
「侵攻した敵を撃破せよ」。ミッションを受け、迅速に艦艇に装備品を積み込み、最速で移動する。海岸に近づくと、荒れる海に次々と水陸両用車「AAV7」を投入し、迅速に乗り込んで上陸する。その後は、敵陣を攻撃し、地域を奪い返す――。このように本格的なAAVでの上陸訓練をするのは初めてのことだが、水陸機動団は無事、使命を完遂した。

このプログラムは部隊発足前に青木が描いていたものだ。「かつてはAAVも持っておらず、将来はこうした作戦が必要になるのではないか、と考えていた」と青木。今は水陸機動団が発足し、AAVも持っているが、本格的な上陸訓練は日本では許認可の問題もあり、なかなか難しい。カリフォルニアでの訓練だからこそ具体化した。
激しく打ち寄せる波のなか、すべるように次々と上陸するAAV――。青木がイメージしていた水陸機動団の姿がまさにそこにあった。「ここまできたか」
そして訓練当日、高台から作戦をみていた青木はこう振り返る。「本当に感慨深くて涙が出そうだった」
■見張りが寝れば全滅も
青木の下で隊員らとの橋渡し役を担う最先任上級曹長、日高幸治(53、准陸尉)は自衛隊のもとにある水陸機動団と米海兵隊との違いをこう表現する。「圧倒的に違うのは『実際の戦闘を基準に考えている』点だ」
水陸機動団のような厳しい任務を希望する隊員たちは能力も高く、向上心もある。当然、自身のスキルアップには熱心だが、全体のスキルアップに全力をあげたり、組織のために自分を律するという面では「戦争に行かなければいけない人たちとの差はどうしても感じる」(日高)。「この部隊はもし見張りが寝ていたら、いつでも全滅する可能性がある。共同訓練では彼らの体験談を踏まえ、そういったリアルを感じることができ、考え方がいろいろ変わった」と日高は語る。
日高自身も水陸機動団の発足前から米海兵隊との共同訓練を重ねてきた。その日高の脳裏に焼き付いているのは数年前の米海兵隊との訓練で海兵隊幹部が語った言葉だ。
訓練が始まる前のレクチャーの場。幹部が概要を説明していた。まず航空機で敵陣地に近づき、大砲や迫撃砲で攻撃し、最後に歩兵が制圧する……。ある若い自衛隊員がこう言った。「やっぱり歩兵の役割が重要ですね」。それに対して海兵隊幹部はこう答えた。「違う。勝利という共通の目的に参加した全てのものは平等だ。だが、海空の優勢を取ったら終わりじゃない。最後にブーツで上陸して旗を掲げるのは陸の歩兵だ」。様々な職種への敬意と自身の任務への強い自負がにじんでいた。
今、日中関係は改善基調にある。だが、南西諸島を巡る緊張が緩んでいるわけではない。沖縄県尖閣諸島の周辺では毎日のように中国公船が航行しているのが確認されている。「万が一の有事」に備える重圧は大きい。
だが、それだけに厳しい訓練に耐える隊員たちのモチベーションは高い。青木はこう語る。「この部隊は新しいことを開拓する夢と希望の固まりだ。夢と希望をどう具現化するかは今いる隊員たちにまかされている。こんなやりがいのあることはそうそうない」
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