2020/8/27付日本経済新聞

 イランの軍の拠点やインフラ施設で原因不明の火災や爆発が立て続けに起きている。核関連施設でも火災が発生した。敵対するイスラエルによるサイバー攻撃との見方がある。 

 4月、イスラエルの水道の制御システムがサイバー攻撃を受けたのが発端だ。5月にはイランで港湾施設のシステムがマヒした。サイバー空間で両国の応酬がエスカレートした可能性がある。

イラン各地のインフラ施設で火災や爆発が相次ぐ(イラン北部の発電施設)
インフラ施設で火災や爆発が相次ぐ(イラン北部の発電施設)

 個人情報や身代金を狙った犯罪やスパイ行為に焦点があたるサイバー攻撃は敵国のインフラに打撃を与える軍事手段にもなり得る。

 転機は2010年に起きたイランの核関連施設への攻撃といわれる。米国とイスラエルが開発したとされるコンピューターウイルス「スタックスネット」により遠心分離機が稼働不能に陥り、核開発計画が大幅に遅れた。

 軍事攻撃並みの衝撃が広がり、イランを含む各国がサイバー能力の増強に走るきっかけとなった。

 兵器開発に比べてコストは格段に低くすむ。日本の防衛白書によると中国は17万人規模のサイバー戦部隊を擁する。米国と北朝鮮は6千人強、ロシアは千人。日本の自衛隊のサイバー部隊は300人に満たない。

 もちろんサイバー戦力は人数だけで測ることはできない。サイバー攻撃は世界のどこでも経由でき、発信源の特定すら困難だ。敵の姿がつかみにくいサイバー空間という「影の戦場」を制しようと、各国がしのぎを削る。

ロシアの元情報機関員は「サイバー大国であるためには工作員を訓練し、手法をテストし、攻撃を準備する必要がある」と語る。

 ロシアと戦争状態にあるウクライナでは15年と16年にサイバー攻撃で電力供給が止まった。17年にはコンピューターウイルスにより鉄道、空港、電力、金融機関までが一時、機能停止した。ロシアがサイバー攻撃の実験を重ねながら示威行為に出たとみられている。

 機密情報に照準を合わせたサイバー攻撃も頻発しており、米欧は危機感を強める。米連邦捜査局(FBI)などは8月26日に各国の金融機関の資金を盗み出す北朝鮮のサイバー攻撃が再び活発になっていると警戒を促す声明を出した。

 欧州連合(EU)は7月末、サイバー攻撃に対して初めて制裁を発動することを決めた。これまでに大規模なサイバー攻撃を実行したとして、中ロと北朝鮮の情報機関や企業、個人を対象に金融資産の凍結といった制裁を科す。

 米国はより攻撃的な姿勢を示す。米サイバー軍は19年、ロシアの電力網コンピューターに「有害プログラム」を仕掛けたとされる。電力や原子力発電所のシステムにロシアのハッカーが侵入しているとの報告が相次いだからだ。

 いつでも反撃できる意思を示すことで相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止」の発想だ。逆にいえば、サイバー空間にいったん火が付けば計り知れない打撃を互いに被る可能性があるということでもある。

「核戦略と同じことだ」とロシアの元情報機関員は語る。もはや国際安全保障は従来の軍事費や兵力の多寡だけで論じることはできない。「破滅的な戦いを回避するためにいずれサイバー安全保障を交渉せざるをえない」。サイバー戦争は現実の脅威になっている。